阪和線103系の記録・クハ103 (8)-127.128.129.132.133

クハ103-127

昭和44年3月に山手線用として新製され品川区に配置、昭和53年8月に高槻、昭和58年3月に淀川、平成3年12月に奈良へ転属時に偶数向きへ方転、平成19年6月に日根野へ転入しますが、平成25年4月に再び奈良へ転出しスカイブルーのまま奈良線や関西本線~大阪環状線を走り続け、平成28年5月の入場時にウグイス色へ変更されますが9月に廃車されました。

クハ103-128

昭和44年3月に山手線用として新製され品川区に配置、昭和53年8月に明石、平成6年5月に広島、平成9年9月に宮原、平成15年9月に広島、平成17年8月に宮原、そして同年12月に日根野へ転入してきました。平成9年9月の宮原転属時に奇数向きへ方転され、広島に2度配置されたので塗装はウグイス→ブルー→瀬戸内→カナリア→ブルー→瀬戸内→ブルーと瀬戸内色を2度経験しています。福知山線脱線事故の影響で東日本譲渡車が運用に入る際、ATS-P絡みでクハ103-821・828が広島配置となり、福知山線時代にATS-Pを搭載していた同車が宮原へ戻ってきました。阪和線転入後も元東日本の中間車と組み活躍、平成23年5月に廃車されています。

クハ103-129

平成9年9月に日根野へ転入するまではクハ103-128とペアでした。阪和線転入時、ATS-Pはクモハ編成と同じ反対側のクハ103から引き通し線を設置した集中式となり、両端クハ編成ですが4両しか編成が組めません。平成9年当時、日根野区に在籍していたクモハ103-2500番台を播但線電化用に捻出するため代わりに広島から転入してきましたが、恐らくクモハから取り外したATS-P関連機器を流用したため集中式になったようです。機器の有効活用と言えますが、現場サイドから見ると両端クハ編成でも4連以外組めない異端編成という事情もあってか、平成20年4月に廃車されています。

クハ103-132・133

昭和44年3月に山手線用として新製され池袋区に配置、昭和49年4月に鳳へ転入してきました。冷房改造は昭和51年12月と比較的早く行われています。山手線時代は約5年、阪和線での活躍が長い車両ですが平成19年9月に奈良へ転属、平成23年6月に廃車されました。

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